「発見されたガリレオの手紙から新事実」その4 Natureダイジェスト2018年12月号

不思議大好きの、まんぼうです。
ガリレオの手紙から見つかった新事実(内容はこちら)については、今回が最終回となります。
実は、このあたりのことは、wikiではかなりさらっとかかれています。
なので、最近買った「物理学天才列伝(上)」から情報を拾ってご紹介していきます。

第2回裁判の後

ガリレオが第2回裁判で有罪となったのは1933年、彼が69才のことでした。
かなり高齢だったわけです。
しかも、判決は終身刑。
ガクッときてもおかしくないシチュエーションです。
でも、彼は友人に恵まれていたようですね。
(元友人のウルバヌス8世のような方もいらっしゃいますが)
彼の刑が軽くなるように奔走した友人がいたようで、すぐに”軟禁”というところまで刑が軽くなります。
しかも、かなり良い環境における軟禁だったようですね。
そうして元気を取り戻したのもつかの間、その年のうちに最愛の娘が病に倒れます。
ちょうどその時に、彼の軟禁状態があまりに快適であることを妬んだ敵共の差し金でしょうか、もっと環境が悪く監視も厳しい状態に置かれることになりました。
そして、翌年彼女が他界。
普通なら、今度こそ立ち直れないのではないかと思われるところです。
が、彼は踏ん張りました。
おそらく、多くの友人の励ましや弟子達の助力もあったのでしょう。
彼は研究を続けます。
数年後、彼は両目とも失明してしまいました。
相当タフな人であっても、心が折れてしまいそうな状況だと思います。
それでも彼は、弟子と息子に口頭筆記させつつ、著述を続けます。
そして、1638年に「新科学対話」を発刊するのです。
そして、その4年後の1942年に、最後まで科学者としての信念と、カトリック教徒としての信仰を失うことなく、永眠したのです。

今回の件でまんぼうが感じたこと

さて、今回見つかったガリレオの手紙から言えるのは、
・自分が友人あての手紙で書いてしまった、キリスト教(聖書)に関する過激な表現を、自らの手で改定することで、協会からの圧力をやり過ごそうとした。
ということだと思います。
そして、もしかすると誰かが(彼の友人か、もしかしたら彼自身?)、その証拠となる手紙を、わざと違う日付で王立図書館の目録に登録した、なんてことがあったのかもしれません。
証拠隠滅をしたかったのなら、なぜ破棄しなかったのか?
もうそこは、推測にさらに推測を重ねてしまうので、何とも言えないところですが、私の考える可能性としては、
”遠い遠い未来、地動説を信じることが罪ではなくなった世の中で、誰かがガリレオの本音を解き明かしてくれることを願った”
なんて考えられませんかね?(あまりにロマンティックな考えでしょうか)
それはさておき、

  • 第1回裁判の前に、手紙の過激な表現を訂正して、協会からの圧力をやり過ごそうとしたこと。
  • 第2回裁判の際に、科学者としての信念を曲げて異端誓絶文を読み上げて、命だけは助かろうとしたこと。

から考えると、かれは教会からの圧力に屈服したと言えます。
ただ、ここで考えてしまうのが、

信念を貫いて死を選ぶのが正しいのか?

ということです。
現に、ジョルダーノは信念を曲げず、火あぶりになっても動じなかったといわれます。
一見すると、彼のほうが潔く、ガリレオは醜いと感じるかもしれません。
でもね、命は一つしかないんですよ。
そして、ガリレオには、まだ自分にはやらなければならない事があると感じていたと思われます。
(第2回裁判の後も研究・著述を続けて、「新科学対話」を書き上げてますからね)
彼は、なんとしても生き延びて、なさねばならぬことがあると考えていたのではないでしょうか。
つまり、

自らに課された使命が、なさねばならぬ何事かが、はっきりと見えているのであれば、どんな屈辱にも耐えて生き延び、それに向かって進むこともまた、とても美しい。

と言えると思います。
ただ、ここで捕捉ですが、信念を曲げずに戦い抜いたジョルダーノも、非常に尊敬すべきと私は考えています。
(さらに、1993年にヨハネ・パウロ2世が、ガリレオの裁判が誤りであったと認め謝罪した、ということがありますので、ここでことさら宗教を悪者ととらえるのは良くないと考えます。)
で、ここからさらに考えを進めると

パラダイムシフトを先取りし過ぎた人も不幸になるが、完全に乗り遅れても不幸になる

と言えると思います。
何を唐突に?と思われるかもしれませんが、この考えに至る過程をちょっと見ていただきましょう。
ガリレオの生きていた時代の前後において、まだまだ天動説のほうが常識だったわけです。
つまり、地動説はまだ、主流ではなかった。
ただ、その正しさがわかるにつれて、徐々に地動説のほうに”常識”がシフトしつつあった、と言えます。
つまり、コペルニクス、ジョルダーノ、ガリレオは”常識”をシフトさせるのが、ちょっと早すぎたのかもしれません。
で、古い”常識”を持つ者たちに弾圧された。
これはこれで、大きな不幸です。
でもね、その後どんどんと”常識”が地動説にシフトしていく中で、どうしても宗教は天動説を捨てられなかった。
そうこうしているうちに、もはや天動説は”ナンセンス”となり、宗教は完全に”常識”に乗り遅れてしまった。
こうなると、いろいろと大変なんですよね。
ガリレオ裁判の時に正義だった人たちは、一転して悪者となってしまうわけです。
しかも、おそらく地動説が覆って天動説が真実とならない限り、今後ずっとです。
ガリレオを異端として、カトリック教徒として葬ることを禁じてしまってから長い年月がたてばたつほど、人々の心に暗い影が落ちてしまったと思います。
ヨハネ・パウロ2世が謝罪して何とか落ち着いたとは思いますが、それでも”あの時協会がガリレオにひどいことをした”と、いまでも言い続けられるわけです。
(ちなみに、私は仏教徒ですが、キリスト教を嫌っていません。)
シフトが遅すぎたことによって、大変な目にあっている(現在も進行形で)よい例なのではないでしょうか。
これはこれで、大きな不幸だと私は感じます。

あと、

偉い人が言っていたから正しい、は危険

というのもありますね。
昔の超偉い人アリストテレスが言っていたから天動説が正しい、と思い込んでいたのが大間違いだったわけですから。
つまり、
”自分で調べ、自分の頭で考える癖を身に着けないと、とんでもない間違いを起こすかもしれない”
ということです。
現代でも、”科学的に・・・だから大丈夫”とか、”専門家が・・・と言っていたから、お前の言うことは間違っている”とか、よく聞きます。
でもね、専門家の意見はそれとして取り入れつつ、最後は自分の頭で考えるようにしたほうがよいと思います。
とっても難しいんですけどね。
特に”科学的”という言葉を使う以上、最後は必ず自分の頭で考えるようにするのって、とっても重要だと思いました。

さて、長く続いたガリレオ関連の連載が終わりました。
今後は、同時並行で進んでいた”量子もつれ”の件を進めることにします。
(今週末はサイエンスカフェもあるので、大忙しです)

それではまた、次のおもしろ不思議でお会いしましょう。

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「発見されたガリレオの手紙から新事実」 その3 Natureダイジェスト2018年12月号より

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