いまさら、「もしドラ」

趣味を作ることが趣味の、はしびろこうです。
あっという間にお盆休みの前半が終わってしまいました。
お盆休みなってない!という人もいるでしょうし。
9連休だから、まだまだこれからという人もいるでしょう。
どんな環境であれ、お盆というのはお正月と並んで特別な期間です。
大いに満喫していきましょう。
(私はおとといに京都府立植物園に行って、とっても楽しい時間を過ごしました。
それについてはこのお盆休み中に科学系ブログ”まんぼうのごとく”でご紹介する予定です)

今回はそれとは違って、最近読んだ
「もし高校野球の受推しマネージャーがドラッカーの「マネジメント」読んだら」
(通称「もしドラ」)
について感じたことを、何回かに分けてお伝えしていきましょう。

ご都合主義と言われようと、ただの作り話と言われようと、私は楽しく読めました

はっきり言えば、単なる作り話です。
世の中そんなにうまくいく事はないでしょう。
でも、だからこそ、面白く読めました。
作り話の世界くらい、うまく行ってくれてもいいと私は思っているので。

あと、文章が拙いという感想もちらほら見かけましたが、そんなものは小手先のことと私は思ってまして。
内容が面白ければそれでいいと考えています。

逆に、どんなに名作と言われようと、私が面白くないと思えば、それは私にとっては無価値になります。
例えば、源氏物語とか。
(私は過去に最低でも5回ほどチャレンジしてことごとく挫折しました。
あまりに面白くなかったもので。もちろん、私にとってですが)

ただ、この小説は、”面白かった”で済ませるには少しもったいないものを含んでいまして。
今回はそこを深掘りしていこうと思っています。
ただ、その関係で、多少(かなり?)のネタバレが発生します。
ですので、もしまだ読んでいなくて、ネタバレが嫌だという方は、このシリーズは読まないようにしてください。
それでは早速。

「もしドラ」は、日本が沈んできてしまった理由を考察するために資料になりうると思います。

色々な意見はあると思いますが。
俗に言う”失われた30年”で、日本は沈み続けてきました。
今や、先進国とは名ばかりで、経済的にも学術的にも、かなり遅れた国になってしまいした。

もちろん、政治も悪かったとは思いますし、(私も含めた)国民にも責任はあるでしょう。
ただ、その中でも”企業”の責任は決して軽いものではなかったと思います。
特に経済的な落ち込みの理由は、企業が舵取りを間違ってしまったことがかなりのウェイトを占めると思います。
特に大手と呼ばれる大企業が悉く舵取りを失敗してしまったように考えます。

確かに、見た目は現在飛ぶ鳥を落とす勢いの企業もあるとは思いますが。
おそらくそういった会社も、今のままでいけば行き着く先は・・・と考えられます。

いったい日本の企業は何を間違えてしまったのか?
そのヒントが「もしドラ」にあると考えます。
それについて本格的に考えていく前に、「もしドラ」でターゲットとなった集団=高校野球チーム と、企業の違いを見ていきましょう。

高校野球チームと企業の違いは、営利目的かどうかです。

高校野球のチームは、営利目的ではありません。
つまり、メンバー(監督やマネージャー含む)も営利目的ではありません。
もちろん、将来を見据えて所属しているという方もいるのですが、少なくとも”直接的な営利”は目的ではありません。

一方で、企業は営利目的です。
これは集団(つまり会社)としてもですし、メンバーとしてもそうです。
たまに、”お金じゃないんです”と言う方もいますが、こう言う方は企業にとって猛毒になると考えています。
(私は”ボランティア亡国論”と言うのを持論として持っていますが、それはまたの機会に)
何はともあれ、企業は利益を出すために。
そのメンバーである社員は、日々暮らしていくための糧を得るために。
と言うのが正常な形の企業です。

ここで問題になるのが、”顧客”とは誰かという問題です。

「もしドラ」で最初の山となるのが、実は”顧客とは何か”という問題です。
本家のドラッカーの「マネジメント」でも、顧客とは誰かを考えることが大事であると書かれているそうです。(「もしドラ」の内容を見るとですが)
本家の方では、顧客の目的とか欲求を考えるべきということを言っていうのかもしれません。
よく言われることでは「お客はドリルが欲しくて買いに来るのではない。”穴”が欲しくてドリルを買いに来るんだ」ということでしょうか。
この辺り、企業が営利目的に何かを提供するものであるということが、ある程度話を簡単にするのでしょう。

一方で、高校野球チームは、一見、何も提供していないように見えます。
しかし、周囲に何も提供しないような活動というのは、実際に考えにくいものです。
なぜなら、もし周囲に何も提供していないとすれば、周囲に何も影響を与えていないということと同じになって、そもそもその集団に意味がなくなるからです。
つまり、高校野球チームも何かを提供しているはずです。
その中身は、・・・「もしドラ」書いてあるので、読んでみてください。
それと同時に、それを考えることで、”高校野球チームの顧客”の正体が見えてきます。
ここはちょっとネタバレしていまいましょう。
それは、”ステークホルダー”。
日本語では”利益関係者”。

ここで、俗にいう”逆もまた真也”で話を進めます。
(実際に真であるのは、”対偶”ですが、それは置いておきましょう)

非営利の”高校野球チームの顧客”がステークホルダーなら、営利目的の”企業の顧客”もステークホルダーであるべきではないか?

企業の顧客は、単にお客さんを考えることが多いと思います。
しかし、「もしドラ」において、高校野球チームの顧客は、もっと広いもので”ステークホルダー”でした。
であれば、企業の顧客も本来、ステークホルダーを念頭に置いて考えていくべきなのではないでしょうか。

そして、お客さんとステークホルダーで最も違うのは、”従業員や下請けさんが含まれているかどうか”。
お客さんには、商品を買う人だけでなく、株主も含まれます(多分)。
しかし、そこに従業員も下請けさんも含まれません。
しかし、ステークホルダーは違います。
バッチリ、従業員が含まれます。
それどころか関連企業として、いわゆる下請けさんも入ってきます。

つまり、日本の企業は、このお客さんに含まれていなくて、ステークホルダーに含まれるエリアを大事にしてこなかったことが失敗の原因ではないか?
そう考えてみることにします。

と、今日はこの辺りにしておきましょう。
ちなみにドラッカーさんが、顧客としてステークホルダーを考えていたかどうかはわかりません。
多分、考えていなかったように思います。
ただ、「顧客の創造」という概念には、従業員や下請けさんを含めたステークホルダーを考えて、事業内容(方向)を決めるというものがあったのかもしれません。
本家の「マネジメント」はもっと技術論の面が強いのかもしれませんしね。
だからこそ、その表面的なテクニックだけを取り入れると、失敗するのでしょう。
”成果主義”で大失敗してきたように。

ということで、続きはまた、気の向いた時に書きましょう。
それではまた、次のネタ(もしかすると今回の続きかもしれませんが)でお会いしましょう。

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