昭和40年代の東京生まれ。
ただし、すぐに三重県北部に引っ越す。
当然ながら、ここまでは、兄弟サイト”まんぼうのごとく”管理人 はしびろこうと一緒。
(いろんなところで言ってますが、同一人物です)
ここからは、体重変化に重きを置いて紹介します。

思えば、ものごごろついたころからデブでした。
幼稚園の時のあだ名は”北の湖”。
当然、相撲では無敵でした。
小学校では、”でかいほう”という意味のあだ名をいただきました。
(同じ名字で小さいほうがいたので)
運動会では、綱引きと組体操の時だけヒーローでした。
綱引き時は”不動のしんがり”、そして組体操の時は、”動かずの壁”および”盤石の土台”として。
確か、小学校卒業時点で、80kgを超えていたような・・・

中学に入ってからは、ぶーちゃん。
笑っていいとものテレフォンショッキング アシスタントさんでしたっけ?あの方が由来です。
つまりは、ここでも太ってたわけです。
中学3年生の時には、100kg超え確実、だったのですが、修学旅行で食事よりも楽しいこと(枕投げとか、夜の密談とかです、はい)があったため、旅行中の1週間ほど食欲が激減。
そのまま、ダイエットを決意したため激やせして、高校1年のころには約70kgに。
このころが一番活発でしたねぇ。
合唱部にも入ってましたし。

ところが、大学受験に大失敗。
3浪しているうちにストレスによる過食で、ブクブクと太って、推定120kgに。
大学入学と同時に一人暮らしを始めたんですが、先見の明があったのでしょうね、食事付きの私設寮に入ったんです。
これが当たりで、管理された食生活により、1年程度で85kgまで体重が落ちました。
寮生活は3年でしたが、ここでの生活こそが、私にとっての青春時代だったように思います。

さて、長らく体重は85kg程度で安定していました。
そう、あの暗黒期までは・・・
博士課程に進んだ私でしたが、最後の難関が博士論文を仕上げることでした。
大学受験を上回るストレスで、またも激太り。
120kgくらいまで太りました。

何とか卒業し、とある研究所に就職して、妻と出会い、結婚しました。
で、ありがたいことに、彼女の食事管理によって、90kg程度に体重が落ちました。
ただ、研究生活のストレスや、不規則な生活から、そこからなかなか体重は落ちず。
色々あって、関西に戻り、単身赴任をすることに。
そうなると、また不摂生になるんですなぁ。
じわじわ太って、今年の2月に110kgになりました。(すでに妻を呼び寄せていたにもかかわらず)
そこで、このままデブで終わるわけにはいかないと、固い決意を固め、現在ダイエット中です。