前項で、”ある基底ベクトルで平面上のあらゆる点が表せる”と言いました。

前項の復習ですが、平面における基底ベクトルとは”独立な2つのベクトルの組”です。
この独立な2つのベクトル というのは、平行四辺形の2辺となりうる2つのベクトル、という事でした。
逆に、平行四辺形の2辺になれない2つのベクトルというのはどういうものかというと、一方がもう一方のスカラー倍になっているものです。

ちなみに、なぜ平面の基底ベクトルが2つの組かというと、平面が2次元だからですね。
つまり、3次元空間での基底ベクトルは3つの組、4次元空間での基底ベクトルは4つの組になります。
数学的には、n次元の基底ベクトルはn個の組になります。

それはさておき。
”ある基底ベクトルで平面上のあらゆる点が表せる”
という事は、
”基底ベクトルの取り方で、同じ点の表し方が変わる”
という事になります。

簡単な例を考えましょう。
今、ある基底ベクトル、\(\overrightarrow{x_K} = (1,0)\)と\(\overrightarrow{y_K} = (0, 1)\)を考えます。
こうして表される座標系を\(K\)と名前を付けて、そこに点\(A = (2,0)\)があるとします。
ここで別の基底ベクトルを考えます。
そしてこの基底ベクトルは、座標系Kで次の様に表せるとします。
\(\overrightarrow{x_{K’}} = (1, -1)\)と\(\overrightarrow{y_{K’}} = (1, 1)\)
この新しい基底ベクトルで表される座標系を\(K’\)としたとき、この座標系\(K’\)における点\(A\)の位置ベクトルは、\((\frac{2}{\sqrt{2}}, \frac{2}{\sqrt{2}})\)となります。
\(A\)の位置ベクトルは、\(K\)における\((2,0)\)から\(K’\)における\((\frac{2}{\sqrt{2}}, \frac{2}{\sqrt{2}})\)に変わったわけです。

ここまでくると、きっとこう思う方がいらっしゃるでしょう。
「最初からどっちかに決めておけばいいだけじゃないのか?」
確かに、そうかもしれませんが。
事はそう単純じゃないんですよね。
一見、まどろっこしいと見える方法をとった方が、実はやりやすいという事も、世の中にはあるんですよ。

例えば、月の周りを回る宇宙船の動きを見るとき、どうやってその座標を表しましょうか。

実は、どこかを中心に円運動するって言うのは、結構簡単にその動きを追えます。
ここでは話を簡単にするために、月を中心にして回っている宇宙船の動き考えます。

注意:実際は、円運動ではなく、楕円運動になります。
(すごくうまくコントロールすれば、円運動にすることも可能かもしれませんが)
楕円には中心が2つあるのですが、月はそのうちのどちらかになっています。

この運動を地球を基準で見る場合、いきなり地球を中心とした座標系で考えると複雑になります。
というのも、月が地球を中心に円運動しているからです。
注意:これも実際は楕円運動です。
ですから、段階を踏んで考えると簡単になります。

宇宙船は、月を中心に円運動していて、・・・(1)
月は地球から約38万キロの所を円運動している。・・・(2)
と考えるのです。

(1)の座標系\(K_{月中心}\)で宇宙船の動きを表しておいて、(2)の座標系\(K_{地球中心}\)に座標を変えてやればいいわけです。
このように座標系を変えるような操作を”変換”と呼びます。

平行移動変換と回転変換、拡大・縮小変換、スキュー変換ですべての変換が表せます。

ちなみに、スキュー変換というのは、”ずらし”の事と思ってください。
長方形の平行な2辺をずらして、平行四辺形にする変換です。

あと、この中で「平行移動変換」だけ仲間外れです。
他の3つが中心を変えない変換なのに対して、平行移動変換は中心を変えるものです。

そして、「平行移動変換、回転変換」と「拡大・縮小変換、スキュー変換」は性質が違います。
全者2つは形が変わらない変換、後者2つは形を変える変換です。

前の宇宙船の例で言うと、
宇宙船の位置を考える、つまり点の動きを考えるので、使う変換は平行移動変換と回転変換のみになります。

平行移動は、移動距離を要素とするベクトルを足し算するだけなので、今までのベクトル計算でできます。
問題は回転変換ですね。

回転変換を普通に式書くと結構大変です。

点\(A = (x_1, y_1)\)を\(\theta\)回転させたて点\(A’ = (x_2, y_2)\)にするというのが回転変換です。
”おや?変換するのは基底ベクトルの方では?”と思ったかもしれません。
が、ここはちょっと相対的に物事を考えてみましょう。

基底ベクトルが回転するという事は、観測者が回転するという事と読み替えられます。
ある不動の点を、この回転する観測者が見た時、観測者にとっては”点が回転している”と見えますね。
つまり、基底ベクトルを回転させる、というのは、あらゆる点を回転させる、という事と相対的に等しいのです。

点\(A = (x_1, y_1)\) を\(\theta\)回転させて点\(A’ = (x_2, y_2)\)に変換する時、以下の式になります。
\(x_2 = x_1cos\theta – y_1sin\theta\)
\(y_2 = x_1sin\theta + y_1cos\theta\)
ちなみに、\(\theta\)の単位は、°でもいいですし\(rad\) (ラジアンといいます。\(rad\)は省略することも多いです)でもいいです。
どちらを使うか統一するか、必要に応じて変換すればいいだけです。

1回くらいなら、この式を書いてもいいでしょうけどね。
この変換を何回もするとなると、いちいち書いてられなくなります。
この状況の救世主が行列なんです。

一般的に変換を式と行列で表してみます。

一般的にベクトルの変換は次のように表せます。
\(x_2 = ax_1 + by_1\)
\(y_2 = cx_1 + dy_1\)
これをまとめて、
\(
\left( \begin{array}{c} x_2 \\ y_2 \end{array}\right)
=
\left(\begin{array}{ll}
a & b \\
c & d
\end{array}\right)
\left(\begin{array}{c} x_1\\ y_1\end{array}\right)
\)
と書くことにします。

そしてこの、左に行列、右にベクトルを書いたものを、行列とベクトルの掛け算とします。

この書き方の何がすごいかというと、

変換を何度も繰り返すことが、行列を並べて書くことで表せる、という事です。

ここで、3つの変換\(A, B, C\)があって、それぞれ次の様になっているとします。
\(
A =
\left(\begin{array}{ll}
a_{11} & a_{12}\\
a_{21} & a_{22}
\end{array}\right)
\)
\(
B =
\left(\begin{array}{ll}
b_{11} & b_{12}\\
b_{21} & b_{22}
\end{array}\right)
\)
\(
C =
\left(\begin{array}{ll}
c_{11} & c_{12}\\
c_{21} & c_{22}
\end{array}\right)
\)
とすると、点\(P_1 = (x_1, y_1)\) に変換を\(A \rightarrow B \rightarrow C\)の順に行って、点\(P_2 = (x_2, y_2)\)になるというのは、
\(
\left( \begin{array}{c}
x_2 \\ y_2
\end{array}\right)
=
\left(\begin{array}{ll}
c_{11} & c_{12}\\
c_{21} & c_{22}
\end{array}\right)
\left(\begin{array}{ll}
b_{11} & b_{12}\\
b_{21} & b_{22}
\end{array}\right)
\left(\begin{array}{ll}
a_{11} & a_{12}\\
a_{21} & a_{22}
\end{array}\right)
\left(\begin{array}{c}
x_1 \\ y_1
\end{array}\right)
\)
となります。

式で書こうとすると、\(A\)をして\(B\)をしてさらに\(C\)をする、という具合に順番に書くことになるので、これ一発で書けるのは、非常に便利なんですね。

そういえば、何も言いませんでしたが、
\(
\left(\begin{array}{ll}
\alpha_{11} & \alpha_{12}\\
\alpha_{21} & \alpha_{22}
\end{array}\right)
\left(begin{array}{c}
x \\ y
end{array} \right)
= (\alpha_{11}x + \alpha_{21}y, \alpha_{21}x + \alpha_{22}y)
\)
となっています。

所で、行と列ですが、どっちがどっちだったか度忘れすることがあると思います。
そんな時は、
「漢字の行の右に横線2本あるので、横が行。
漢字の列の右に縦線2本あるので、縦が列」
と覚えておくと、思い出しやすいでしょう。

この上で添え字を見てみると、1つ目が行の番号、2つ目が列の番号となります。
なので、”11″と書かれている場合、ジュウイチとは読みません。
「イチイチ」と読みます。
\(\mu \nu\)と書いて、「ミュー、ニュー」とすることもありますし、
\(i j\)と書いて「アイ、ジェー」とすることもあります。
どういうときにこういう文字の添え字を使うかは、またあとでお話しします。

ここから先は、テンソルという数学を学びながら見ていきましょう。
ちなみに実は、ベクトルも行列もスカラーも、テンソルの1種になります。