ルネサンスとは何だったのか? その14 まとめ後編-ルネサンスから現代、そしてその先に

不思議大好きの、まんぼうです。
急に寒くなったと思ったら、今日は変に生暖かいとか、なかなか気候が意地悪な感じです。
おかげで、毎朝の服装と、ウォーキングの時の服装でとっても悩ましい今日この頃です。

さていよいよ最終回です。
今回は、科学の視点から見たルネサンスから現代そしてその後、と言うテーマでお伝えします。
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ルネサンスとは何だったのか? その14 まとめ後編-ルネサンスから現代、そしてその先に

個とリアルから生まれた物たち

ルネサンスにおいて出現した2つのキーワード、個とリアルは、様々な動きに発展していきます。
例えば、宗教改革と大航海時代(The age of discovery)なんかがそうですね。
どちらも、個人や個性が根源にあり、リアル=本当を追い求める心が原動力となっています。
そしてもちろん、科学もその中の一つです。
この中の宗教改革は、人と宗教の新しい関係を示し、カトリックとプロテスタントの激しい争いや、現在も続く宗教間の紛争のもとになりつつも、基本的人権などの人が人らしく生きる為の根幹をなす思想を生み、やがて民主主義に発展していきます。
一方で大航海時代は、世界の認識や範囲を拡大して、新大陸発見や世界地図の作成といった正の側面と、植民地支配や奴隷制度と言う負の側面、両方を見せつつ、やがて現在のグローバル社会につながってきます。
そして科学は、世界に対するアプローチの方法を変えていき、医療、交通手段、情報通信技術などの多大な恩恵と、それと同じくらいに、環境破壊や弱肉強食の考え方、貧富の差の拡大などの被害をもたらしつつ、それでも現代社会の大きな基幹システムとして発展してきました。
さて、今回このシリーズを通してのテーマ何だったのでしょう?
これについて、次に考えていきます。

ルネサンスを考える事で知りたかったことは?

きっかけはガリレオの手紙が見つかったことでした。
その手紙から、彼の葛藤がみえました。
そしてご存知の通り、彼は二回も宗教裁判にかけられ、2回目には科学的に正しい自らの説を、無理矢理破棄させられました。
これは、誤りを認めない古い考え方に、科学が屈した瞬間でした。
なぜ、正しい事が素直に正しいと認められず、それを主張したことで断罪されねばならなかったのか?
これが私の知りたかったことです。

それに対する考察と私なりの結論

ヨーロッパの人々が、ガリレオの主張を受け入れるに十分な程度まで成長できていなかった、当初はそう考えていました。
しかし、この出来事の100年以上前にルネサンスも宗教改革も済んでいて、人々は新しい科学的な考え方の初歩を手に入れていたはずでした。
100年といえば、当時では1世代どころか2世代は確実に変わっている年数です。
活版印刷の技術も発明されていて書物も豊富に出回るようになり、識字率も上昇していて、十分に真実を自分で調査し考える能力を獲得していたはずなのです。
先入観を捨てて、自分で文献に接し、ガリレオが作った望遠鏡で木星の衛星を観察すれば、ガリレオが正しいとわかったはずなのです。
にも関わらず、ガリレオは断罪されました。
もはや考えられるのは、
人は変われない。どころか、一度集団に植え付けられた間違った考え方や思想は、世代が変わっても残ってしまうことがある
という事です。

ガリレオの裁判とルネサンスを通して感じたこと。

ガリレオの裁判を通して考えた事は、
人は、”正しい事”よりも”正しいと考えている事”を重視する。
という傾向でした。
これは、自分の中でも、とても納得できた事です。
例えば、量子力学を知った時、それをにわかには信じられませんでした。
かえって、そんな理論をよしとする現代科学に不信感を持ちました。
でも、各種実験結果や思考の過程を調べるうちに、矛盾を感じれども正しいと感じざるを得なくなりました。
この間、かなりの時間がかかった事を考慮すれば、先入観を捨てる事の難しさは相当なものだったと言わざるを得ません。
もし、自分で情報にあたり、考えることをしていなければ、未だに単に量子力学に拒絶反応を示す事しかできないようになっていたかもしれません。
また、ルネサンスからガリレオの裁判までの期間を考えると、
情報は正誤に関わりなく、世代を越えて影響する
という事がわかりました。
この世代を超えて影響を及ぼす情報は、一般に”常識”と呼ばれたりします。
この常識と言う物は、集団にとっての財産になることもあれば、負の遺産にもなりうる、諸刃の剣だと思いました。
負の遺産になりうる情報、つまり間違った常識を次の世代に渡さない為には、どうすればいいのか?
私なりに考えた結果は、
「常に常識に対して監視の目を持つ事」
というでした。
監視の目とはすなわち、疑いの目。
疑いの目を持つということは、つまり”自分で直接情報にあたり、自分の頭で考える”ということ。
実はその11で言いましたが、これこそ我々素人が科学的に考える方法だと考えています。

結論

常識という名の情報は、正誤に関わらず世代を超えて影響を及ぼします。
後の世代に間違った常識を与えてしまわないために、我々は科学的に物事を考えて行かなければなりません。
とはいえ、今の世の中、これがどの程度できているかはかなり疑問ですね。
学校、会社、地域コミュニティー、様々なところで、
「今までこうだったから、こうしなさい」
と次の世代に強要してしまう場面はないでしょうか?
それが、科学的に考えたうえでの結論ならいいのですが、単なる慣習的な物だった場合、もしかしたら次世代に間違った情報を渡してしまっている可能性があると、肝に銘じないといけませんね。
誤った常識は、次世代の発展を妨げ、ひいてはその集団の没落や消滅の原因となるかもしれませんから。

長かった物語がここで幕を閉じます。
まんぼうとしても、はしびろこうとしても、ぶーちゃんとしても、ここまで完結させられたテーマは初めてかもしれません。
(唯一、うりぼうとして3年越しのベストを編み上げた事が、これに匹敵するかもしれません)
それだけ私にとって重要なテーマだったんだと思います。
とにかく今は、自己満足に浸って、また次のテーマで頑張る予定です。

それではまた、次のおもしろ不思議でお会いしましょう。

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